04大祓

大祓

6月の30日と12月31日に、国家や万民の罪や汚れを祓うための神事を言います。
7世紀末の天武天皇の時代、国家的神道行事としての大祓が成立します。
大祓は、国中の罪を祓い清めるとして、地方の有力者である国造らから馬や刀などを祓具として提出させました。
これは「神祇令」にも規定され、毎年6月と12月の晦日に行なわれる年中行事となります。
神職の間でも個人的祈願に応じる神道儀礼として盛んに行われ、中世には伊勢神宮の御師達の活動によって庶民の間にも広められていきました。
これによって、大祓詞は中臣祓(なかとみのはらえ)として一般社会で唱えられるようになりました。
個人的な祓では、祓具として人形(ひとがた)がもちいられました。
人形は、身についた不浄や災厄を移してから川などに流すもので、身代わりになるので形代(かたしろ)、自らの罪をあがなうので贖物(あがもの)、身体にこすりつけるので撫物(なでもの)などとも言われます。
これは、3月の上巳(じょうし)の日におこなわれていた上巳の祓でも使われて、3月の節句の流し雛(びな)の原形となりました。
6月晦日の大祓は、民間では夏越(なごし)の祓といい、神社の参道にもうけられた大きな茅(ち)の輪をくぐって厄よけをする行事として定着しています。